はじめに
レザーカービングの外周をどう“締める”かで、作品の完成度は一段変わります。
レースは縫いよりも装飾効果が高く、段差・光・影がはっきり出ます。
一方で、穴位置の誤差・テンションムラ・色移りが起こると、せっかくのカービングが台無しになります。
ここでは、材料選び→穴設計→下処理→編み(ステッチ)→コーナー処理→仕上げを順に解説し、財布・タグ・小物にそのまま移せる寸法の目安までまとめます。
レースの選び方:厚み・幅・素材の基準
飾りとして主張したいのか、縁の保護を優先したいのかで選び方が変わります。
初心者こそ、伸びが均一なカンガルーと太鼓判の牛レースを用途で使い分けると楽です。
- 目安(2割の箇条書き)
- 厚み:0.8〜1.2mm(財布・小物)、1.2〜1.6mm(ベルト周辺)
- 幅:3mm(汎用)、2mm(繊細)、4mm(存在感・粗めピッチ)
- 素材:均一で強い=カンガルー/落ち着き=牛/色強調=顔料仕上げレース
レースは端革で必ず伸びテストをします。
全長の+3〜5%くらいまでは許容、伸び過ぎるものは端処理が崩れます。
穴(スロット)設計:カービングと喧嘩させない距離
穴はカービングの“見せ場”から距離を取るのが基本です。
穴位置が近いと、打刻で作った稜線が欠けたり、レースで影が潰れます。
- 寸法の基準
- エッジから穴中心=レース幅の1.0〜1.3倍(例:3mmレースなら3.0〜3.9mm)
- 穴ピッチ=レース幅の2.0〜2.2倍(ダブルループ基準/3mm→6.0〜6.6mm)
- 角Rは6〜10mmで大回りに(二重巻きで詰まらない)
穴形状は、斜めスロット(菱目)が万能です。
ラウンド穴は装飾的ですが、テンションが一点に掛かるため裂けやすい素材では避けます。
溝(クリーズ・グルーバー)をレース側に浅く引いておくと、レースが落ち着き、擦れにも強くなります。
下処理:レースも“面取り・保湿・下拵え”
きれいに見せるコツは、レース自体にもコバ処理の発想を入れることです。
- レースの角を軽く面取り(#600相当)→毛羽を抑える
- 薄トコ(トコノール等)を指でごく薄く伸ばし、布で拭き上げる
- 柔らかい保湿剤を極薄でなじませる(塗り過ぎは色移りのもと)
- 先端を斜め落とし(約8〜10mm)し、針(レース針)に通す
本体側はトップコートを先に薄く入れて、穴のフチにも染み込ませると、にじみと黒ずみを防げます。アンティーク後の線方向拭き→完全乾燥→トップまで済ませてからレースに入ると安全です。
編み(ステッチ)の選び分け:見た目と強度のバランス
よく使うのはダブルループレース、ウィップステッチ(かがり)、メキシカンラウンドブレイドの3系統です。見た目・厚み・作業時間が大きく違います。
1) ダブルループレース(財布の王道)
立体的で華やか。厚みが出るので、外周のカービングは2mm程度の緩衝を必ず残します。
手順は手前→奥→返しの三動作をピッチ一定で繰り返し。コーナーは二重巻き(2回通し)で角欠けを防ぎます。
- 失敗回避
- レースが“寝る”→テンションを一定にし、引き方向を常に外周接線に
- 角で詰まる→コーナー直前の穴ピッチを+0.5mm広げておく
- 厚ぼったい→レース幅を2mmに下げ、ピッチは×2.0倍へ
2) ウィップステッチ(軽快・速い)
軽く、スピード重視の小物向け。影が一方向に連続するので、骨格の流れ(左下→右上など)と合わせると画面が整います。
スロットは菱目、ピッチはレース幅×2.0。テンションは引いて止める→半戻しで均すと、綺麗な稜線になります。
- 失敗回避
- 目がバラける→メトロノームBPM=80〜90でリズム打ち
- 穴が裂ける→エッジからの距離を+0.3mm、保湿を少し増やす
3) メキシカンラウンドブレイド(重厚・立体)
厚みと影がしっかり出る主役級のレース。小物では強すぎることもあるので、面積の大きいロング財布・クラッチに向きます。
ピッチはレース幅×2.2を目安に。角Rを大きく取り、二重巻きの位置を角の外側に設定します。
- 失敗回避
- ねじれる→編み方向を毎回指で整える(潰したまま進まない)
- 詰まり→角の手前3穴を-10%テンションで軽く通す
カービングとレースの“距離感”:光の逃げ道を確保
レースは影を作るので、カービングの稜線が暗く沈むことがあります。
外周の“明10%”(白窓・緩衝・外周帯)を守ると、作品全体が軽く見えます。
- 配分と距離のコツ
- 外周2〜3mmは明帯として死守(出口側は+0.3〜0.7mm広く)
- 主役外周1.5〜2mmは刻印も濃色も入れない
- レース色は本体より1段低彩度か同系。反対色は白帯0.3mmを挟む
端の始末:スタート・フィニッシュを目立たせない
始点は見えにくい側(背側・下辺)に置き、テールは裏で斜め落とし→接着→薄コート。
ダブルループは1目分の返しで溝に落とすと段差が消えます。
ベタ接着はしない(硬化で割れます)。必要なら極細の糸で1か所だけアンカーを取ります。
- 小さなルール
- 終端前3目は-10%テンションで詰まりを防ぐ
- テールは8〜10mmで斜め落とし→薄接着→押さえ1分
色合わせとにじみ対策:先にトップ、境界は白帯
アンティーク仕上げの上にレースを通す場合、トップコートを先に。
穴の内壁にも浸透させておくと、湿ったレースの色がにじみにくくなります。
反対色の組み合わせでは白帯0.3〜0.5mmを残すと、画面がにごりません。
- テスト手順
- 端革で染→アンティーク→トップ→レースの色移りを確認
- 迷ったら半艶(サテン)。グロスは反射が暴れます
ケースレシピ(3本)
A:二つ折り財布|カービング+ダブルループ(3mm)
設計:外周2.5mm明帯、主花外周1.8mm禁止帯。
穴:エッジから3.3mm、ピッチ6.4mm(=3mm×2.13)。角R8mm。
工程:トップ→穴→ダブルループ→端は返し1目→裏で斜め落とし。
狙い:華やかだが主役は花。明帯と禁止帯で読みを守る。
B:名入れタグ|カービング+ウィップ(2mm)
設計:文字外周1.5mm禁止帯。
穴:エッジから2.2mm、ピッチ4.0mm。
工程:トップ→ウィップ→半戻し整え→端は裏止め。
狙い:軽快・速い・読み優先。写真で文字が最初に読める。
C:ロングウォレット|メキシカンラウンド(4mm)
設計:外周3mm明帯。角R10mm。
穴:エッジから4.8mm、ピッチ8.8〜9.0mm。
工程:トップ→編み→角は二重巻き→終端前3目テンション-10%。
狙い:主役は縁の立体。中央のカービングは緩衝2mmで呼吸。
7分ドリル(端革×小片で“通る”かだけ確認)
1分:レース幅に合わせて穴深さ・ピッチを変えて3パターン打つ。
2分:ウィップ/ダブルループを各5目だけ通し、テンション一定の感覚をつかむ。
2分:角R8mmでコーナー処理(ダブルループは二重巻き)。
1分:端処理(斜め落とし8mm→薄接着)を練習。
1分:斜光45°撮影(600pxサムネ)で、レースが主役を邪魔していないか確認。ダメなら明帯+0.5mm、レース幅-1mmで再テスト。
- 覚え書き
- BPM一定(80〜90)で手を動かすとムラが減る
- 反対色は白帯0.3mmで緩衝
- 穴位置はズレ始めたら一旦終了→修正(無理に続けない)
よくある失敗 → その場で直す
穴が裂ける:エッジ距離+0.3〜0.5mm、保湿を少し増やす。
目が潰れる/寝る:テンションを外周接線方向に統一、半戻しで整える。
角で詰まる:二重巻き+直前ピッチ+0.5mm、終端前3目はテンション-10%。
色移り:完全乾燥→穴内壁までトップ追加→レース側は油分を拭き取る。
主役が沈む:明帯+0.5mm、レース幅-1mm、背景を1段落とす。
まとめ
カービングとレースを両立させる鍵は、距離・ピッチ・テンションの3点です。
- 外周2〜3mmの明帯と主役外周1.5〜2mmの禁止帯を守る。
- ピッチはレース幅×2.0〜2.2、角はR6〜10mm+二重巻き。
- 反対色は白帯0.3mmを挟み、トップ→レースの順でにじみを防ぐ。
この基本を押さえれば、レースは“縁取り”ではなく、構図を締める設計要素として機能します。
注釈
[注1] 寸法の目安は一般的なベジタブルタンニン鞣し2.0〜2.5mm厚を想定。革厚・硬度で穴距離+0.2〜0.5mmの調整が必要。[注2] テンション管理は“強く引いて半戻し”が基本。引きっぱなしは目つぶれと角詰まりの原因。
[注3] 防汚とにじみ:アンティーク後は完全乾燥→トップ(半艶)→穴内壁まで浸透→レース。レース側の油分は拭き上げてから通す。
[注4] 撮影判定:斜光45°・600pxサムネで、主役→縁(レース)→背景の順に読めるか。読めなければ、レース幅を-1mmまたは明帯を+0.5mmへ。
[注5] 負荷部の回避:折れ・金具・ホール近傍5〜8mmは穴密度を上げず、Rを大きく。強度優先で配置する。
