はじめに
平らな一枚革なら思いどおりに線が走りますが、曲面になると話が変わります。
曲げ、伸び、縮み、戻り。その全部が同時に起きるのがスマホケースや立体小物の現場です。コツは3つ。下ごしらえで曲げ方向を決める、図案は伸びる側に余白を持たせる、段差は浅く短くして戻りに備える。
ここでは、平面設計を曲面へ移すための下処理、ケーシング、成形、刻印順序、開口部まわりの禁則、撮影までを説明します。
- 要点
- 先に曲げ方向と伸び代を決めてから図案を置く
- 段差は浅く短く、外周の明帯は広めに確保
- 可動部と開口部の周囲は禁則を設定して割れを避ける
曲面化の前提づくり:材料とケーシングの幅を合わせる
曲面用のベジタブルタンニンは、素直に伸びて戻りが少ない個体が扱いやすい。
厚みはスマホケース外装で1.8〜2.2mm、立体小物で2.0〜2.5mmが基準。
ケーシングは平面より一段浅く、含水ムラを避けるため、面ではなく帯で湿らせ、伸びて欲しい方向にだけ水を多く入れます。
- 具体手順
- 霧吹きで面を湿らせた後、曲げ方向の帯にもう一度だけ足す
- 水面の光沢が消えた頃合いで作業開始(指で押して戻りが1秒前後)
- 端革で曲げテスト。割れるなら含水をもう一段深く
型と治具:戻りを制御するための相棒
曲面で一番頼りになるのは治具です。
スマホケースはダミー端末、角Rに合う木型や3Dプリント型、立体小物は中子を用意。
平面で刻印を終えてから曲げるのではなく、必ず曲面に仮合わせしたのちに刻印の仕上げを行います。
- 準備するもの
- ダミー端末(実測の縦横厚+ケース余白)
- 角Rに合わせた当て木、カーブバーンシャー(擦り木)
- ラバーバンドや面テープ(圧を広くかける)
設計思想:伸びる側に余白、縮む側に白い島
図案は、伸びる側に面、縮む側に線を置くのが安定します。
外周はいつもより広めに明帯を確保し、出口側はさらに広げて光の逃げ道を作る。
可動部や切り欠き周りは、刻印と濃色を避ける禁則を先に描いておきます。
- 禁則の目安
- 外周の明帯は2.5〜3.5mm、出口側はさらに0.3〜0.7mm広く
- 折れ線・開口部(カメラ・ボタン)周囲は5〜8mmは刻印と濃色を避ける
- 主役の外周1.5〜2mmは刻印・濃色の禁止帯
図案の置き方:骨格線は平行+緩S、主役は点で止める
スマホケースなど長方形の曲面は、長手方向を基調にして緩いS字を一筆足すと、曲げても読める動線になります。
広い面を濃色で埋めると、成形後にムラや割れが出やすい。
主役は点主役(小花一輪、頭文字、渦の白い島)で止め、面の落ちはハーフムーンの弱打で作ります。
- 小さな規則
- 渦心の外に白い島を一つ(1〜2mm)
- 花芯の周囲は緩衝1.5〜2mmで明を残す
- シャドウラインは0.3〜0.5mmで薄く、長影は作らない
刻印と成形の順番:半仕上げ→成形→仕上げ
平面で全て仕上げてから曲げると、段差の崖が割れます。
順番を変えるだけで歩留まりが上がります。
- 下描き→浅いカット→浅めのベベルで骨格だけ立ち上げ
- ハーフムーン弱で面にわずかな落ちを作る
- 型当てで曲面仮成形(ラバーバンドで圧を均一に)
- 曲面上で仕上げのベベル・ビーディング・薄BG
- 必要ならシャドウライン0.3mm→アンティーク線方向拭き→半艶トップ
- 注意
- 成形前に深い段差を作らない
- 曲面では工具の当たりが強くなるので、打つより「載せる」
スマホケース特有の設計
カメラ開口・ボタン周り
開口縁は割れと汚れの温床。縁から内側へ1.5mmは無彩域、段差は浅く。
角Rは本体より0.5〜1mm余裕を見て、戻りで締まることを前提にします。
- 失敗回避
- 開口の内側へ濃色を入れない
- トップは縁の断面まで浸透させる
- 開口縁の内側に白帯0.3mmを残す
レンズ干渉と反射
メタリックや濃色がレンズ反射を拾いがち。
カメラ突起の周囲は低彩度で、点の光を置かない。
撮影用の製品写真でも白飛びしにくくなります。
- 設計メモ
- レンズ縁の外側3〜4mmは低彩度・浅打ち
- 点光を置くならレンズから離れた対角に小さく
立体小物(メガネケース・筒物・ラウンドケース)
伸びと戻りの見取り図
筒物は縦に縮み、円周方向に伸びるのが基本。
図案の面は円周側へ、線の主役は縦方向へ置くと読ませやすい。
継ぎ目は曖昧化三列で段差を階調にして、継ぎ目の崖感を消します。
- 目安
- 継ぎ目の両側にハーフムーン弱→ビーディング→薄BG
- 伸びる方向の余白は0.5〜1mm多く残す
- 仕上げは半艶、艶の混在を避ける
中子と押さえ
中子を入れてから仕上げると、工具の当たりが安定します。
押さえは広い面で、点圧を避ける。戻りを抑えるには、一晩以上の乾燥を挟んでからトップへ。
- 失敗回避
- 生乾きでトップを塗らない
- 曲率の強い頂点で強打しない(潰れて線が太る)
染色とアンティーク:面ではなく帯で運ぶ
曲面でにじみやすいのは、染料が谷側に溜まるから。
面で塗らず、帯で運んで乾かし、もう一帯を重ねる方法に変えます。
アンティークは必ず線方向に拭き、谷のベタ黒を作らない。
白帯0.3〜0.5mmは緩衝としてよく効きます。
- 小さな規則
- 支配60・副次30・アクセント10を守る
- 反対色は直接当てず、白帯で分離
- 仕上げは半艶で艶を統一
レース・縫いとの共存
曲面は手に触れる時間が長いので、縁が硬いと体験が悪くなります。
レースは幅2mm、ピッチは×2.0を基準に。段差は浅め、角Rは大きめ。
縫いはテンション一定、曲率の強い位置はピッチを一目だけ広げ、詰まりを防ぎます。
- 覚え書き
- 外周の明帯は2.5〜3.5mm
- コバは丸みを強め、トップは薄塗り複数回
- 金具周りは5〜8mmの無彩域
ケースレシピ(3本)
A:スマホケース 外装一体型(緩S骨格)
設計:外周3mm明帯、カメラ開口周囲禁則5〜8mm。
工程:浅カット→浅ベベル→ハーフムーン弱→仮成形→曲面上でベベル仕上げ→薄BG→線方向アンティーク→半艶。
効きどころ:主役は頭文字と花芯の点、渦外の白い島。
B:メガネケース 筒物(継ぎ目曖昧化)
設計:円周側に面、縦に線。継ぎ目に曖昧化三列。
工程:骨格を浅く→仮円筒→中子を入れて仕上げ→継ぎ目をハーフムーン弱→ビーディング→薄BG→半艶。
効きどころ:継ぎ目の崖を階調に、谷へベタ黒を作らない。
C:小ラウンドケース(点主役)
設計:外周3mm明帯、ファスナー座面の禁則8mm。
工程:浅仕上げ→仮成形→曲面でベベル仕上げ→点のメタリックは無し→線方向アンティーク→半艶。
効きどころ:点主役で止め、触感と開閉の滑らかさを優先。
7分ドリル 曲面だけ先に合格を取る
1分:端革に曲げたい方向の帯だけ水を足して含水ムラを作る。
2分:浅カット・浅ベベルで骨格だけ刻む。
2分:当て木とラバーバンドで仮成形し、戻りの量を確認。
1分:曲面のままハーフムーン弱を1周入れてみる。
1分:斜光45度・600pxサムネで主役が先に読めるか確認。読めなければ、段差を一段浅く、明帯を+0.5mm、濃色を帯塗りに戻す。
- メモ
- 成形前に深い段差を作らない
- 帯で湿らせ、帯で染める
- 主役は点で止める
よくある失敗とその場の直し方
割れた:含水が浅いか、段差が深い。帯で再湿し、ハーフムーンを弱打に切り替え、トップは完全乾燥後。
にじんだ:谷に染料が溜まった。帯でのせて乾かし、白帯0.3mmで分離。
主役が沈む:緩衝+0.5mm、背景を一段落とす、曖昧化三列を追加。
レンズ周りがうるさい:低彩度へ戻し、点光を削除。
写真でギラつく:半艶で艶統一、光を斜光45度、角度を10度単位で調整。
- 即効処方
- 禁則を広げる、段差を浅く、濃色は帯で薄く
- 成形後に仕上げ直す
- 600pxサムネで読めなければ設計に戻る
まとめ
曲面カービングの鍵は、準備と順番です。
帯で湿らせ、浅く立ち上げ、仮成形してから仕上げる。
主役は点で止め、外周は広めの明帯、開口部は禁則を守る。
染色は帯で運び、アンティークは線方向に拭く。
これだけで、曲面でも読みが崩れず、手に吸いつくような立体が作れます。
注釈
[注1] 寸法の目安はベジタブルタンニン1.8〜2.5mm厚を想定。硬い個体は禁則や明帯を0.3〜0.5mm広げる。[注2] 帯ケーシングは伸びを誘導するための方法。全面均一の含水よりも、曲げ方向の帯だけを深めにする。
[注3] 仮成形中の固定は点圧を避け、面で圧をかける。ラバーバンドはねじれないよう均一に巻く。
[注4] 染色は帯で重ね、谷に溜めない。アンティークは線方向拭きで細い黒だけ残す。
[注5] 撮影は斜光45度・半艶仕上げ・無彩背景。600pxサムネで主役→出口の順に読めるかを最終判定にする。
