はじめに
「いい作品ができた。さぁ売ろう」——ここで転ぶ人が多いんです。
作品と商品は似て非なるもの。
再現できる設計、伝わる見せ方、約束を守れる運用の三点セットが揃って、はじめて“売れる商品”になります。
今日は工房の視点で、設計→原価→SKU→撮影→販売運用→アフターについてのお話です。
テクニックは<技術・テクニック編>、表現は<表現編>でお伝えしました。ここでは商品化に必要な“仕組み”についてです。
1. 作品を“商品仕様”に翻訳する
まずは、あなたの代表作を一つ選んでください。
ロングウォレットでも、タグでも構いません。
見た目の勝ち筋(第81〜91回参照)を維持したまま、作り続けられる形に落とします。
ポイントは、余白と比率は固定し、色や名入れで個別化する設計です。
私は下記の順で洗い出します。見栄えより先に、守るべき寸法と工程を固めるのがコツ。
- 翻訳の要点
- 仕上がり寸法(±0.5mmの許容)
- 外周余白帯2–3mm/緩衝帯1–3mm(第89回参照)
- 骨格線(45°/S字/円弧)と出口余白(第81回参照)
- 皮革種・厚み・芯材・糸番手・コバ仕様
- 影は短浅3点以内、境界は曖昧化3列(第63・69・87回参照)
2. 原価の見える化——“時間×材料×間接”で計る
良心価格は、続けられる価格。工程ごとの時間をストップウォッチで測り、材料(BOM)と間接費を足します。驚くほど、値付けの不安が消えます。
語りで言えば、「この作品を何分で、いくら分の革と糸と塗料で作って、どれだけの光熱・販促・送料が乗るのか」。数字で語れると、お客様にも誠実に説明できます。
- ざっくり式
- 直材(革・糸・芯材・薬剤)+外注(刻印・金具)
- 工数(合計分)×自分の時給(最低でも地域の職人市場基準)
- 間接(光熱・工具償却・EC手数料・梱包)=売価の15〜25%目安
- 利益=再投資と不測のリスク用に15%+α
3. SKU設計:バリエーションは“3×3”で十分
選択肢は多いほど良い、は罠です。基幹デザイン1型に対して、色(3)×名入れ(3)×金具色(3)くらいが、在庫・撮影・説明のバランスが取れます。
迷いを減らすため、写真で見分けやすい差に絞りましょう。革色は素材の魅力が出る3色、名入れは無し/頭文字/フルネーム、金具は真鍮/ニッケル/黒など。
- SKU運用のコツ
- “受注生産”と“即納在庫”を半々に
- 名入れはガイド3本(ベース・xハイト・傾き)で可読性維持(第87回参照)
- 仕様表を1枚に集約(購入前の不安を潰す)
4. “伝わる写真”は設計の延長
写真は作品の鑑定書。
斜光45°×半艶で稜線の白を拾い、サムネ(長辺600px)でも主役が先に見えること(第73・83・90回参照)。
背景は無彩色で、出口方向に余白を残すと、画面が呼吸します。
1商品につき、5枚構成が鉄板です。
- 撮影5点セット
- メイン(正面・斜光・主役クローズ)
- 斜俯瞰(流れと余白の読み)
- ディテール(花芯・境界グラデ・名入れ)
- 仕立て(コバ・糸・金具、手に持ったサイズ感)
- 物語カット(使用シーン、しかし“物より物語は控えめ”)
5. コピー(商品説明)は“短文×設計意図”
長文は読まれません。30〜60字の一文で“意味”を言い切り、続けて設計の数値で安心させる。
たとえば——「右上がりの蔦で“再出発”。花芯の緩衝1.5mmで静かな誇りを浮かせました。外周2.5mm、影は短浅、境界は曖昧化3列。」
技術を語るのではなく、意図→数字→心地よさの順で。
- テンプレ
- 一文キャプション(意味)
- 仕様(寸法・革厚・糸・金具)
- 設計意図(余白・骨格・影)
- ケア(オイル頻度・注意点)
- 保障(30日調整・名入れポリシー)
6. “作り続けられる”工程設計
商品は均質であることが価値。
端革テスト(第90回参照)を量産前の儀式にし、治具を用意します。
例えば、打刻順のカード、ベースライン定規、外周マスキングテンプレ。これが日による出来のムラを消し、納期の約束を守らせてくれます。
- ルーティン化の粒度
- ケーシング→トレース→カット→ベベル→BG→アンティーク→トップ
- 各工程の乾燥待ちで別個体を回す(タクト化)
- 「最後の仕上げほど“加えない勇気”」——影は短浅で止める
7. 価格の“腰”を作る:セットと限定
単品で迷われたら、セットが効きます。ウォレット+キーケース、タグ2枚組(ギフト用)。限定色は四半期に1回。レギュラーの設計を崩さず、一点色の差だけで“旬”を出します(第83・92回参照)。
値引きではなく付加で勝つ——これは小さな工房の鉄則です。
- 付加の例
- 名入れ無料(頭文字のみ)
- 保証延長(糸のほつれ30日→90日)
- ケアカードと次回割引コード(再訪の導線)
8. 受注〜出荷の“体験”を設計する
購入後の連絡・梱包・到着までが商品。
受注メールは納期・名入れ表記・ケアの要点を自動返信。
梱包は再利用しやすい箱と、写真の撮りやすい台紙。
到着後に使い始め動画リンクを送ると、レビュー率が跳ね上がります。
クレームを恐れるより、問い合わせのしやすさを見せること。
丁寧な導線は、結果的に問い合わせを減らします。
- 出荷チェック
- 名入れスペル・向き(右上がり/可動部回避)
- コバの毛羽・糸始末・トップのムラ
- 品質票(担当・日付・推奨ケア)
9. “名入れ”を商品化の軸にする
レタリングは読み>装飾(第87回参照)。
ベースライン/xハイト/傾き±3°のガイドをテンプレ化し、3サイズだけを用意。
可動部・折れ・金具から5–8mm離す(第75回参照)。
名入れは工数の割に価値が伝わりやすい。しかし、可読性が崩れた瞬間に価値がゼロになるので、ガイドと緩衝帯(1–2mm)を死守します。
- 失敗回避
- 交差の黒溜まり→白抜け
- 端末の壁当て→外周2mmを取り戻す
- 影のやりすぎ→短浅3点以内に戻す
10. レビューと再設計:小さくPDCA
レビューは宝です。不具合は即修正、好評点は言語化して商品説明に反映。
サイズ・色・名入れ位置の要望が繰り返されるなら、それはSKUのヒント。
写真はA/Bテストを。メイン写真を“正面”と“斜俯瞰”で入れ替え、CTRの高い方を採用。
売れないのは作品ではなく見せ方かもしれません。
- 反映メモ
- レビュー頻出語を商品説明の見出しに
- 返品理由は設計/運用/期待値のどれかに分類
- “期待値のズレ”は写真と一文で解決する
11. ケーススタディ(3例)
A:一輪フローラルのロングウォレット
勝ち筋:短辺×0.62の主花、右上三分割交点、外周2.5mm、緩衝1.5mm。
商品化:色はキャメル/ブラック/ダークグリーンの3色、名入れは3種。
運用:受注〜14日、名入れは1–3日で前倒し可。
結果:一点色=花芯の金を微小で固定し、写真5点でCVR上昇。
B:名入れタグ(和柄サポート)
勝ち筋:クラシック・セリフ、傾き+3°、字間0.3、影は短浅1点。背景に七宝3×3ブロック、交点の白窓。
商品化:2枚セット/5枚セットを追加→ギフト需要に刺さる。
結果:返品ゼロ、レビューは“読みやすい”“上品”が頻出語。
C:バスケット×唐草のミドル
勝ち筋:左1/3バスケット、境界は曖昧化3列、骨格45°上昇。
商品化:握りやすい摩擦×写真映えの軽さ。
結果:崖境界の廃止で「古く見える」指摘が消失、単価維持のまま回転率↑。
12. 7分ドリル(商品化の第一歩)
机の上で今すぐできます。
1分:代表作を一つ選び、“30字キャプション”を書く。
2分:仕様表の下書き(寸法・余白・革厚・糸・金具・納期)。
2分:SKU案“3×3”を決め、迷う人が選びやすい差だけに絞る。
1分:写真5点の構図ラフを描く(斜光45°・出口余白)。
1分:価格の腰(原価+時給+間接+利益)を式に入れて概算。
ここまでで、商品ページの骨格が立ちます。
- ドリルのキーワード
- 少色高明度差/一点豪華/余白の設計
- 読み>装飾/曖昧化3列/短浅影
- 納期と再現性を“約束”にする
まとめ
商品化は“作品を売る”ことではなく、約束を仕組みで守ることです。
- 余白と比率を固定して見栄えの再現性を作り、
- 時間と材料を可視化して健全な値付けを行い、
- 写真と短文で意図を翻訳し、
- 名入れや限定で個別の喜びを設計する。
小さな工房でも、この流れを回せば静かに強いブランドになります。あなたの一作を、続けて届けられる形に変えていきましょう。
注釈
[注1] 値引きは最後の手段:単価は技術の尊厳。値引きよりセット化・限定色・名入れ付加で価値を守るほうが長く続きます。[注2] 権利配慮:和柄・家紋・ロゴ・キャラは権利が絡む場合あり。伝統文様+自作要素に寄せ、第三者権利物は事前確認(第88・87回参照)。
[注3] 耐久と配置:可動部・金具周りは摩耗・割れが出やすい。主線・渦心・文字脚は5–8mm離し、余白で“逃がす”(第75回参照)。
[注4] 品質の一貫性:同じ型で“今日の機嫌”が出ないよう、治具・打刻順カード・端革テストをルーティン化。
[注5] 写真とレビュー:斜光45°×半艶は作品の言語化。レビュー頻出語は商品説明の語彙に即反映(第92回参照)。
[注6] 返品ポリシー:名入れは返品不可が一般的。ただし糸ほつれ・コバ浮きなどは無償調整を明記し、安心を提供。
