クロコダイル製品、パイソン製品は現地の工場に直接製作依頼し、熟練の職人が丁寧に手作業で作成したハンドメイド。大量生産では決して真似できない、細部にわたる職人のこだわり。本物を求めるあなたにも手に取っていただきたいと願っています。
タイのクロコダイル養殖場

【第13回】クロコダイル養殖業の発展と輸出産業としての黎明期(1960〜1980年代)

─ 国を挙げて育てた“ワニ革王国”の誕生秘話 ─

※本記事は「タイのクロコダイル産業史|革製品製作の始まりから現在までの歩み」で紹介されている“関連テーマに関する詳細解説”を詳しく掘り下げたものです。

世界が注目した“タイの鱗”──養殖から始まった、本物のクロコダイルレザー史

■ 高級クロコダイル財布の原点は、“池の中”にあった

今日、タイ製のクロコダイル財布は「日本製に劣らない品質」と評され、
世界の高級市場でもその存在感を確立しています。

ですが、その礎は、華やかな工房やブランドロゴではなく──
湿地に並ぶ素朴な養殖池と、数名の職人たちの静かな情熱から始まったのです。

この記事では、1960〜1980年代の「タイのクロコダイル産業黎明期」に焦点をあて、
なぜタイが“ワニ革王国”と呼ばれるまでに至ったのかを、歴史的事実をもとに紐解いていきます。


■ 1960年代:野生捕獲と「密猟による供給」が当たり前だった時代

戦後まもなくのタイでは、ワニ革は一部の富裕層や貴族の間で珍重される“天然資源”でした。
主に使用されたのは、メコン川流域に生息する野生のシャムワニ(Crocodylus siamensis)

この時代のクロコ革流通は、以下のような構図でした:

  • 地元漁師が川や沼地でワニを捕獲
  • 非合法な市場を通じて皮が流通
  • 一部がバンコクの富裕層向けに仕立てられ、高値で売買

しかし、捕獲は過激化し、ワニの個体数は急激に減少。
1970年代に入ると、野生のシャムワニは絶滅危惧種に指定されるまでに。

ここで登場するのが、“保護”と“産業化”のバランスを図る手段──
ワニの養殖という発想だったのです。


■ 1970年代:王室支援のもとで始まった“国家プロジェクト”

クロコダイル養殖は単なる民間ビジネスではなく、王室の支援を受けた“国家プロジェクト”として発展しました。その政治的背景は、第18回|政府の支援と工芸政策に記されています。

タイ政府は1971年、王室支援のもとで「シャムワニの養殖研究」を開始。
これは東南アジアにおいても画期的な取り組みでした。

  • チュラロンコン大学とカセサート大学の研究者が飼育実験をスタート
  • 内務省・農業省が協力し、商業養殖を認可制で実施
  • パタヤ、チャチューンサオ、ナコンパトムにて初の“合法養殖池”が設立

当時の目的は、単に「皮を売る」ではなく──
「生物保護と輸出産業の両立」という未来型モデルを確立することでした。

その結果、1975年にはタイ初の商業規模のクロコダイルファームが開業。
観光と教育を兼ねた“公開型施設”としても話題を呼び、
国内外の注目を浴びることとなります。


■ クロコダイル養殖技術の進化が“皮の質”を変えた

養殖技術の向上がクロコダイル革の“品質革命”をもたらしました。この変化の成果は、第8回|一貫生産体制の進化にも現れています。

この黎明期に重要だったのが、**「皮の品質を高めるための飼育環境改善」**です。

初期段階では以下の課題がありました:

  • ワニ同士の争いで体に傷がつく
  • 食事管理が不十分で皮が硬化・色むらが発生
  • 捕獲・剥皮時の処理で傷みが出やすい

これを改善すべく、研究者と職人が協力して以下を実施:

  • 個体ごとに仕切りを設け、争いを避ける“単独養殖方式”を導入
  • 食事にタンパクとカルシウムを配合し、鱗の発色と柔軟性を調整
  • 剥皮後すぐに冷却処理を施し、劣化を防止

このように、養殖業そのものが「革の品質開発部門」の役割を果たしていたのです。


■ 1980年代:CITES登録とともに“輸出産業”として本格化

1980年代に入り、クロコダイル革の国際取引には**CITES(ワシントン条約)**の登録が必須となります。

これにより、タイ国内の合法養殖場は:

  • 国際的な認証(CITES Appendix II)を取得
  • 輸出許可制度を整備(1枚1枚に登録番号を付与)
  • EU・日本・米国へ「正式ルート」で輸出開始

この制度整備が追い風となり、
“密猟品”から“合法高級素材”への評価転換が起きたのです。

特に日本市場では、1970年代後半から“エキゾチックレザー”が流行。
そのタイミングで、「CITES付きのタイ産クロコ」が注目され始めたのは偶然ではありません。


■ バンコクの職人たちが手がけた、初期のクロコダイル財布

輸出用として初めて本格的に製作されたクロコダイル財布は、バンコクの職人によって支えられていました。この時代の手仕事の姿は、第6回|老舗工房と職人の背景をご参照ください。

当時、タイ国内でクロコ革製品を加工できる職人は限られていました。
それでも、わずかな工房が試行錯誤しながら、財布やベルトなどを制作。

  • 裁断は全て手作業
  • 縫製はミシンと手縫いの併用
  • 染色は自然由来の顔料を用いていた

そうした製品は、欧州のバイヤーにも高評価を受け、
徐々にOEMとしてブランド品に採用されていくきっかけとなったのです。


■ この時代を知ることが、現代の“目利き”をつくる

現代のタイ製クロコダイル財布は、価格・品質ともに世界基準を満たしています。
しかし、それを支えているのは、1960〜1980年代に築かれた地道な養殖・品質改善の努力です。

この歴史を知ることで、今私たちが手にしている財布が──

  • どのような工程と管理を経てきたか
  • どれだけの年月をかけて改良されてきたか
  • なぜ“ブランドロゴ”がなくても誇れるのか

という、目に見えない価値を実感できるはずです。


最後に

本物とは、“すぐに手に入るもの”ではありません。
それは、長い時間と努力、そして誠実な手仕事によって築かれるもの。

タイのクロコダイル革産業は、
国を挙げて“ワニを守ること”から始まりました。
その中で育まれた革と、培われた職人の技術があるからこそ、
今、私たちは“安心して選べる一品”を手にすることができるのです。

私たちは、そうした歴史を継承する老舗工房と提携し、
タイで生まれた“本物のクロコダイル財布”を、
日本の皆様に直接お届けしています。

ロゴではなく、歴史と技術が語る製品を──
ぜひ、あなたの目で、手で、確かめてください。

タイのクロコダイル産業の全体像を、もっと広く知りたい方へ──
本記事は「タイのクロコダイル産業史|革製品製作の始まりから現在までの歩み」にて取り上げている“関連テーマに関する詳細解説”に関連した内容です。


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完全限定生産 熟練の職人が丁寧に手作業で作成したハンドメイド

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