※本記事は「【完全ガイド】パイソンレザーの歴史・文化・デザイン性|第76回〜90回」で紹介されている“戦後日本における蛇革文化の受け入れ”を詳しく掘り下げた記事です。
──“忌避”から“縁起物”へと変化した社会背景
はじめに──戦後の日本に蛇革はどう映ったのか?
現在では「金運財布」として認知度を高めているパイソン財布。
しかし、かつて日本において“蛇革”はどちらかといえば敬遠される存在でした。
特に戦後間もない昭和20~30年代においては、蛇そのものへの忌避感、動物皮革への倫理的抵抗感、戦後復興の混乱などが複雑に絡み、蛇革製品は一般市場ではほとんど流通していませんでした。
それがどのようにして現在のように「高級素材」「縁起物」「芸術品」として受け入れられるようになったのか──
本記事では、戦後日本の社会背景や文化、消費の変遷を通じて、“蛇革文化”の受容の歩みをたどります。
戦後直後の蛇革イメージ──“畏怖”と“忌避”が混在した時代
生活再建優先の時代における“素材選択”の実態
終戦直後、日本は物資不足の極みにあり、衣料品や履き物も「使えるものを使う」時代でした。
しかし、蛇革のようなエキゾチック素材は「贅沢品」として扱われるため、庶民の手が届く存在ではありませんでした。
また、この時代の日本人にとって蛇は「祟り」「毒」「不吉」といった迷信的な感覚が根強く、
革素材としての利用には文化的ハードルがあったと考えられます¹。
“革”という素材そのものへの偏見
当時は動物革=軍需産業のイメージもあり、戦争との結びつきや野蛮さを連想する人も少なくありませんでした。
そのため、「財布は布でいい」「革は怖い・硬い」といった印象が一定層に根付いていました。
古代から続く蛇の象徴的な役割や神話との関わりを知ることで、戦後の蛇革イメージの背景が見えてきます。詳しくは【第76回】パイソン革の歴史と神話をご覧ください。
高度経済成長期以降──ファッションと共に再評価される蛇革
昭和40~50年代:皮革産業の発展と百貨店文化
戦後20年を経て、日本の生活水準が向上し始めると、百貨店を中心とした“ファッション消費”が定着します。
この時期、ヨーロッパのブランド文化が紹介され、エキゾチックレザーに対する認識も次第に変わっていきます。
- イタリア製ハンドバッグに使用されたパイソンやリザード
- 輸入品売場に並んだ「蛇革のベルトや名刺入れ」
などにより、「珍しくて高級」「外国っぽい」といった憧れが形成され、蛇革製品が“舶来の洒落物”として少しずつ浸透していきました²。
蛇革財布=“金運”という概念の登場
この頃から、日本独自の「縁起担ぎ」としての蛇革財布が注目を集め始めます。
特に白蛇信仰(弁財天)や、干支にちなんだ贈答文化と結びつき、「蛇の革=お金が貯まる」という概念が普及しました。
ここで大きな影響を与えたのが「風水」や「運気アップ」ブームです。
こうした信仰とスピリチュアル文化が後押しし、パイソン財布は“意味ある持ち物”として広く認識されるようになります³。
蛇革財布が“金運”の象徴として認知され始めた経緯については、【第78回】蛇革と風水|金運を呼ぶ財布は本当か?も参考になります。
平成〜令和:デザイン革製品としての再ブランディング
蛇革=“高級素材”としての認識確立
2000年代以降、国内の職人技術の向上と、タイを中心とした高品質素材の流通が進むことで、
パイソン革は「見た目が美しく、軽くて丈夫なレザー」として高級ラインに採用されるようになります。
- カラーバリエーションの豊富化(ホワイト、グレー、ブラック系)
- 柔らかな仕上げ加工(セミマットやグレージング)
など、模様の“毒々しさ”を抑える技術も進化し、感度の高いユーザー層に受け入れられていきました。
贈り物文化との親和性
特に60代以上の世代では「蛇革の財布をもらった=縁起が良い」という認識が定着。
父の日や還暦祝い、昇進祝いの定番ギフトとして、パイソン財布は“縁起を贈る”アイテムとして浸透しました。
このようにして蛇革は、“怖い”素材から“喜ばれる贈り物”へと、その意味を大きく変えていったようです。
現代における蛇革文化の定着と課題
Z世代はどう受け止めているのか?
若年層においては、従来の「縁起物」としての蛇革ではなく、「模様の美しさ」や「希少性」「一点物」という視点でパイソン革を選ぶ傾向が強まっています。
InstagramやTikTokでは、ミニ財布やアクセサリーなどで蛇革が“お洒落でクール”な素材として紹介されており、新たな文脈での受容が進行中です。
蛇革への倫理的視点と情報開示
一方で、動物福祉やサステナビリティの観点から、蛇革をめぐる議論も生まれています。
製品を選ぶうえで「出所」「なめし方法」「輸出入の合法性」などの情報をきちんと伝えることが求められており、企業側も積極的に「CITES適合」「エシカルな製造」などの証明を提示するようになっています。
まとめ──文化としての蛇革を理解し、次代へつなぐ
戦後の混乱期を経て、忌避されていた蛇革がここまで“文化として根付いた”背景には、
日本人特有の縁起感覚、職人技の進化、そして柔軟な消費文化の土壌がありました。
かつては恐れられていた“模様”が、いまや高級感と個性の象徴となり、
それを使うことが「自分の価値観を持つこと」へと昇華されています。
今後は、文化としての理解を深めながら、倫理性や環境とのバランスにも配慮した新しい蛇革文化のあり方が問われていくと思われます。
蛇革が現代においてどのように美意識やデザインと調和しているかを知るなら、【第80回】蛇革の“怖さ”と“美しさ”をどう調和させるかもご覧ください。
パイソンレザーの歴史・文化・デザイン性について、もっと広く知りたい方へ──
本記事は「【完全ガイド】パイソンレザーの歴史・文化・デザイン性|第76回〜90回」にて取り上げている“戦後日本における蛇革文化の受け入れ”の記事です。
📑参考文献
¹ 文化庁『戦後日本と生活文化の変容』2020
² 伊勢丹百貨店アーカイブ『輸入ファッションと革製品』(1965〜1985年)
³ 高藤聡一郎『風水と財布の縁起』たま出版(1998)