はじめに
同じ図案・同じ打刻でも、ダブルカット(二本の近接カット)とシャドウライン(主線の“影側”に入れる極浅の補助線)を加えるだけで、輪郭の厚み・奥行き・キレが数段上がります。
ベベリングだけでは作りにくい“細い陰”や“浮き上がり”を、線の設計で与える技法です。
本稿では、原理→工具設定→基本手順→用途別の5技→アンティークの相性→NG対処→練習ドリル→QCまで、現場で再現できる手順に落とし込みます。
1. 用語と原理(何がどう効くのか)
- ダブルカット:主線の外側または内側に、0.2〜0.6mm離してもう一本のカットを入れ、溝=細い“谷”を作る。するとアンティークが谷に残り、線自体が立体物に見えます。
- シャドウライン:光源(左上固定を推奨)に対し“影側”へ、極浅の補助線を1本だけ置く。主線の読みは保ちつつ、最小限の陰で厚みを出す。
- 外深・内浅との関係:花弁やレタリングの内側は浅く、外側を沈める基本設計に、二本目の細い“谷”を併用すると輪郭の層が増えます。
2. 工具と前提(ここで9割決まり!)
- スーベルナイフ:刃角40〜45°。よく研ぎ、鏡面ストロップで微バリを消す。鈍い刃は線を太らせ、二本目の“谷”が濁る。
- ケーシング:カット=潤い、ベベリング=やや戻し。カット時は半艶で水膜なしが目安。
- 幅の基準:ダブルカットの線間0.2〜0.6mm。細密=0.2〜0.3、一般=0.4、強調=0.5〜0.6。
- 深さの序列:主線(深)>ダブル(中)>シャドウ(極浅)。浅い順で直せる設計にする。
- 作業テンポ:BPM80〜100。焦ると間隔がブレる。
3. 基本手順(標準レシピ)
① 主線カット → ② ダブルカット → ③ 外深・内浅ベベリング → ④ シャドウライン → ⑤ 境界処理 → ⑥ レジスト → ⑦ アンティーク(線方向拭き) → ⑧ 半艶トップ
ポイント
- ダブルは主線の外側に置くのが無難(内側はカウンターを狭めやすい)。
- コンパス思考:主線と常に等距離を保つ。手首の回転で半径を固定。
- シャドウラインは“置く”だけ。切り込まない(革繊維を裂かず、表皮に溝の気配を描く意識)。
- ベベリングは主線側を優先し、ダブル側は“触るだけ”。やり過ぎは“溝の崩れ”に直結。
4. 用途別“5つの決定打”
4-1 フローラル:花弁の厚みを倍増
- 設計:花弁の外周に沿ってダブルカット(0.3〜0.4mm)。根元はやや広く、先端は狭めて先細りを強調。
- 運用:外周側を外深ベベリング、内側は浅く。シャドウは根元〜中間だけに短く置き、先端は入れない。
- 効果:アンティークでダブルの谷が締まり、花弁がぷっくり見える。
4-2 リーフ:中央脈の“グロス感”
- 設計:主脈の片側(影側)にダブル0.3mm、もう片側に極浅シャドウ。
- 運用:主脈に沿ってハーフムーンの薄面を足すと、金属的な艶が出る。
- 効果:中心が高く、左右が落ちる“屋根”の断面が明快になる。
4-3 レタリング:読みやすさ最優先
- 設計:主線を中深、右下辺に短いシャドウ、外周の開けた側に0.2〜0.3mmのダブル。
- 運用:a/e/oのカウンター(内側)はダブル禁止。外深・内浅で守り、アンティークは載せず拭う。
- 効果:縁取り効果で文字が一段前に出る。影は“位置で効かせる”(多用しない)。
4-4 バスケット×唐草の境界:崖を消す橋渡し
- 設計:ボーダーで硬化→唐草側の主線外側にダブル→境界へハーフムーン薄面。
- 運用:アンティークは織方向へ拭き、ダブルの谷に色を残す。
- 効果:格子の硬さ→曲線の柔らかさへ、空気の層が生まれる。
4-5 フィギュア(羽・毛):微細な段差で情報量を増やす
- 設計:羽根のバー(枝)に沿って0.2〜0.3mmでダブル、先端側にシャドウを短く。
- 運用:強弱=根元濃/先端淡、影は3箇所以内。
- 効果:毛流れや羽の層が写真で読めるようになる。
5. 幅・深さ・間隔のガイド(目安表)
- 線間:0.2(細密)/0.3(精密)/0.4(標準)/0.5〜0.6(強調)
- 深さ:主線100%/ダブル60〜80%/シャドウ20〜30%(“切らずに撫でる”意識)
- 置く位置:影側にダブル、同側または逆側にシャドウ(図案と光源で選択)。
- 禁則:狭いカウンター内と最小線間<1.0mmの場所には入れない。
6. 仕上げと相性(アンティークで差が付く)
- レジスト:焦点(花芯・瞳・ロゴ交点)に選択レジストを追加し、明度差を確保。
- 拭き:線方向一方通行。円拭きはダブルの谷から色を引き上げて崩す。
- トップ:半艶推奨。稜線のハイライトが立ち、ダブルの“細い黒”が写真で映る。
- 撮影:斜光45°、中明度背景。谷と稜線のコントラストを拾う。
7. よくあるNG→即時リカバリー
- ダブルが太すぎる/溝が崩れた
- 応急:乾かしてから外側だけ微ベベリングで“細見え”補正。
- 恒久:線間0.3〜0.4を上限に。テンポ(BPM)固定で手ブレを抑制。
- 影を入れ過ぎて主線が負ける
- 応急:ドライブラシで稜線を起こし、影は3箇所以内に削る。
- 恒久:光源矢印を図案に明記、“位置で効かせ量で語らない”。
- レタリングのカウンターが詰まる
- 応急:モデラーで起こし、アンティークは載せず拭う。
- 恒久:内側はダブル禁止、外深・内浅を徹底。
- アンティークで谷が濁る
- 応急:線方向拭きに切替、馬毛ブラシで均す。
- 恒久:レジスト薄層×2、希釈率と拭き秒数を端革で決定。
8. 15分×5日の練習ドリル
- コンパスドリル:主線に0.3mm等間隔でダブルを一周。写真ID
#YYYY-MM-DD-01。 - 深さコントロール:主線100/ダブル70/シャドウ30を一直線に並べ、触感で差を覚える。
- 花弁ドリル:外周ダブル→外深→根元だけシャドウ。先端は入れない癖付け。
- 字の読みテスト:“CRAFT”で右下だけ短いシャドウ+外ダブル0.2。
- 境界ミックス:バスケットの縁にダブル→唐草側へ薄面ハーフムーン。撮影比較。
9. ワークフロー(迷わない順序の型)
- 図案に光源矢印、ダブルの地図(太線外に点線)を描く。
- ケーシング:カット=潤い/打刻=やや戻し。
- 主線→ダブル→外深・内浅→シャドウの順。
- 境界処理(曖昧化:ビーディング+薄BG/硬化:ボーダー)。
- レジスト→アンティーク(線方向拭き)→半艶トップ。
- 撮影:斜光45°、中明度背景。稜線が読めなければ影を削る。
10. ケーススタディ(3例)
A:ロングウォレットの主役花
- 設計:花弁外周ダブル0.4、根元のみシャドウ。
- 実装:外深・内浅→ハーフムーンで面を繋ぐ→アンティーク薄層×2。
- 効果:花弁が二層に見え、サムネでも焦点が立つ。
B:ベルト38mm(バスケット+コーナー唐草)
- 設計:格子側にボーダー、唐草主線の外へダブル0.3。
- 実装:織方向に拭き、ダブルの谷を黒で締める。
- 効果:硬→柔の移行が滑らか、斜行の錯視も抑制。
C:円形メダリオン+レタリング
- 設計:外周の開け側にダブル0.2、文字は右下へ短いシャドウ。
- 実装:カウンターは内浅で死守、アンティークは載せず拭う。
- 効果:文字の読みが改善、中央がふわりと浮く。
11. QCチェックリスト(出荷前に必ず見る)
- ダブルの線間0.2〜0.6mmが一貫しているか。
- 主線>ダブル>シャドウの深さ序列が守られているか。
- カウンター内の侵入ゼロか(a/e/oの内側)。
- 境界は曖昧化or硬化で統一、崖が消えているか。
- アンティークは線方向拭きで、谷に色が残っているか。
- 仕上げは半艶、写真**斜光45°**で稜線が読めるか。
- 余白帯(1.5〜4mm)は清潔か。
- 視線の入口→停留→回遊が一本で説明できるか。
12. FAQ
Q. ダブルとシャドウ、どちらを先?
A. 基本はダブル→外深・内浅→シャドウ。シャドウは“最小手数”の最終調整。
Q. ダブルは必ず外側?
A. 原則は外側。**内側は禁則領域(狭いカウンター、急角)**が多く、詰まりの原因。図案で例外を明記した場合だけ。
Q. 写真で差が見えません
A. 半艶トップ+斜光45°へ。鏡面は映り込みで“細い黒”が消え、真上光は谷が読めません。
まとめ
ダブルカットとシャドウラインは、ベベリングの前に“線で陰影を設計する”ための道具です。
線方向拭き+半艶×斜光45°で“見せ切る”こと。
このワークフローを固定化すれば、同じ図案でも輪郭が厚みを持ち、写真で勝てる“細い黒”が安定して再現できます。
線間0.2〜0.6mm・深さの序列・影は短浅3箇所以内をルール化し、
外深・内浅と組み合わせて輪郭の層を増やし、
外深・内浅と組み合わせて輪郭の層を増やし、
線方向拭き+半艶×斜光45°で“見せ切る”。
このワークフローを固定化すれば、同じ図案でも輪郭が厚みを持ち、写真で勝てる“細い黒”が安定して再現できます。
注釈
[注1] 線は“構造”で、色は“翻訳”。ダブルの谷に色が残る設計を前提に図案を作ると、仕上げで迷わない。[注2] 光源左上固定が基本。影は位置で効かせ、量で語らない。
[注3] カット=潤い/打刻=やや戻しの含水差を守ると、細い谷が濁りにくい。
参考文献
- Al Stohlman, The Art of Leather Carving. Tandy Leather, 1985.
- Al Stohlman, Figure Carving Finesse. Tandy Leather, 1979.
- Tony Laier, Leathercraft Tools: How to Use Them, How to Sharpen Them. Tandy Leather, 2003.
- Bruce Grant, Leatherwork Manual. Cornell Maritime Press, 1972.
- 西田耕三『レザーカービングの技法』誠文堂新光社, 2008.