─ “憧れ”が“現実”になった時代、男たちはクロコに何を求めたか ─
※本記事は「タイのクロコダイル産業史|革製品製作の始まりから現在までの歩み」で紹介されている“経済成長期における需要の増加背景”を詳しく掘り下げたものです。
豊かさを手にした男たちが選んだ“語れる財布”──それがクロコダイルだった
■ 高度経済成長期──クロコダイル財布が“男の象徴”になった時代
“男の象徴”としてクロコダイル財布が注目された背景には、長年にわたる革文化の成熟があります。素材としての誇りや技術的価値は、第5回|クロコダイル革の位置付けでも詳しく解説されています。
1960年代から1980年代初頭。
日本は、かつて経験したことのない“急激な上昇”を遂げていました。
丁度、筆者の私が20代前半までを過ごした時代です。
- 家電が次々と家庭に並び
- 自動車が“憧れ”から“日常”へと変わり
- 東京オリンピックや大阪万博が“日本の自信”を世界に示した時代
この高度経済成長期、ただ数字が上がっただけではありませんでした。
人々の「価値観」そのものが変わっていったのです。
そしてその中で、“財布”というアイテムが持つ意味もまた、
単なる「お金を入れる道具」から、**「自分の立ち位置を示す記号」**へと進化していきました。
特に──
**「クロコダイルの財布」**は、選ばれし者の象徴として、密かに広がりを見せていきます。
■ 輸入解禁とワシントン条約以前の“自由な時代”
現在、クロコダイル製品を取り扱うには、**CITES(ワシントン条約)**に基づいた規制が必須です。
しかし、1970年代半ばまでは、野生ワニの皮が比較的自由に輸入されていました。
- 主な輸入元はタイ・インドネシア・フィリピンなどの東南アジア諸国
- 皮は日本でなめされ、財布・バッグなどに加工される
- 銀座の高級百貨店や呉服屋を通じて販売
この頃、ワニ革は“目利きの男たち”の間で、「本物を知る証」として扱われていました。
ただし、一般流通価格は非常に高価。
高級クロコダイル財布=10万円台以上が常識という時代です。
それでも、多くの男性たちが、初めて“自分の成功”を実感した瞬間に選んだのがクロコ財布だったのです。
■ なぜ男たちは“クロコダイル革”を選んだのか?
当時の男性たちがクロコダイルを選んだ理由には、明確な「心理的背景」がありました。
◉ 1.“他とは違う”という個の証明
「スーツは皆同じ、だからこそ財布で差をつけたい」──
そんな声が聞こえてきそうなほど、ワニ革は“無言の自己主張”でした。
◉ 2.堅牢性と経年変化
「一度買えば10年は使える」「使うほど艶が増す」
実用品としての合理性を備えていることも、働く男たちにとって大きな魅力。
◉ 3.社会的ステータスの象徴
部長、課長、社長。
ワニ革を持つことは、“その立場にふさわしい存在である”という社会的認知を受け入れる行為でした。
このように、ワニ革製品は単なる高級品ではなく、“自分という存在”の表明手段だったのです。
■ クロコダイル財布が“贈り物”になった背景
“贈る”という行為に込められた価値観は、素材選びと強く結びついています。この文化的背景は、第20回|贈答品としての背景でも語られています。
高度成長期のもう一つのトピックが、**クロコ製品の「贈答品化」**です。
- 退職祝い
- 昇進祝い
- 得意先への重要なギフト
このように、クロコ財布は“節目”や“成功の証”として選ばれるようになります。
とくに1970年代後半から80年代にかけては、贈答用のクロコ財布が、
百貨店や専門店のギフトカタログに**“定番品”として登場**するようになります。
それは、「あの人ならクロコが似合う」という贈り手の敬意と期待の表れでもあったのです。
■ 製造技術の進化が“身近な高級品”を実現した
初期のワニ革製品は、職人の手作業に大きく依存しており、
価格も安定せず、供給にも限界がありました。
しかし、1970年代後半から、次のような変化が起こります:
- タイ・インドネシアの工房が加工工程を習得し、日本のOEMとして生産を開始
- 量産化を意識した鞣し・裁断・縫製機械の導入
- 百貨店ブランドとの提携による“価格帯別モデル”の登場
この頃から、クロコ財布は「高嶺の花」から「手が届くラグジュアリー」へとシフト。
実際、1985年頃には2万円台〜5万円台のクロコ財布も百貨店で見られるようになります。
ただし、それでも──
“見る人が見ればわかる”という、「本物志向」は失われていませんでした。
■ タイ製クロコダイルレザー財布が台頭し始めたのもこの頃から
日本でクロコダイル財布の需要が高まった時期に、タイではすでに“製造の高度化”が始まっていました。その背景は、第3回|クロコ革導入の流れにも通じます。
実は、日本国内における「タイ産クロコダイル革」の歴史も、
この高度経済成長後半期に根を持ち始めています。
- タイ政府による養殖場の整備(1970年代中頃)
- CITES規制前の合法流通が確立(1980年前後)
- 加工技術を持った工房の育成が進む(1980年代以降)
これにより、日本向けに“高品質かつ価格を抑えたクロコダイル財布”を供給できる体制が生まれたのです。
当時はまだ“無印”で流通するOEMが多かったものの、
その中には現在の老舗ブランドの原型となる工房も数多く存在していました。
■ クロコダイルレザー財布は「努力の象徴」だった
今日のように“物があふれる時代”ではなく、
欲しいものは努力して手に入れる時代。
そんな中で手にしたクロコ財布には──
- 仕事を全うした証
- 家族を養ってきた誇り
- 自分自身へのねぎらい
そんな感情が深く刻まれていたのです。
それは、“ただのモノ”ではなく、
「人生そのもの」とも言える存在だったかもしれません。
最後に
高度経済成長という時代は、私たちに多くのものを与えました。
豊かさ、便利さ、そして「何かを成し遂げたい」という意志。
その中で、クロコダイルの財布は──
**「誰かの成功の象徴」であり、「静かな誇りを宿す相棒」**として、
多くの男たちの手に握られてきました。
時代は変わっても、“本物を持つ喜び”は変わりません。
私たちは、今なおその精神を受け継ぐタイの老舗工房と共に、
「語れる革」「誇れる財布」を、直輸入で皆様にお届けしています。
クロコダイルは、人生を語れる素材です。
ぜひ、あなた自身の物語と重ねてみてください。
タイのクロコダイル産業の全体像を、もっと広く知りたい方へ──
本記事は「タイのクロコダイル産業史|革製品製作の始まりから現在までの歩み」にて取り上げている“経済成長期における需要の増加背景”に関連した内容です。
