はじめに
「図案はセンスがないと無理」——よく聞きますが、誤解です。
図案は工程で作れます。
今回は、初めてでも“迷わず描ける”ように、言葉→骨格→形→余白→清書の5段で進めます。
道具は鉛筆・消しゴム・コピー用紙・トレースフィルムだけ。
大事なのは、上手く描くことより迷う時間をなくす段取りです。
語りで手を引きつつ、要所は箇条書きで“止め”ます。
1. 言葉から始める(0分目)
鉛筆を持つ前に、一行テーマを書いてください。
例:「上向き」「守る強さ」「静かな誇り」。
その横に、誰に・どこで使うかも一行。
長財布か、二つ折りか、キータグか。
使う相手・向き・擦れやすい角——すべてが図案の仕様です。
ここが曖昧なまま線に入ると、必ずどこかで“帳尻合わせ”が必要になり、初心者ほどそこで躓きます。
- 0分目メモ
- テーマ(一行)/用途・サイズ
- 受け手の年齢や好み/避けたいモチーフ
- 禁則域(縫い代・折れ線・金具・名入れ位置)
2. “舞台”を先に描く(5分目)
紙に外形を描き、外周余白帯(1.5〜3mm)を斜線で塗って“彫らない帯”を宣言。
折れ線やファスナー角から5〜8mmのバッファも薄く塗る。
舞台が決まれば、線は暴れません。さらに写真の光(斜光45°)の矢印を左上から右下へ引いておくと、のちの陰影判断がブレません。
- 舞台づくりのコツ
- ロング:外周2〜3mm/タグ:1.5〜2mm
- 名入れ位置は先に箱で確保
- “禁止マーク”を描いておくと、手が勝手に止まる
3. 骨格は一筆書き(10分目)
いきなり花や葉に行かず、導線=骨格を一本。
S字か、左下→右上45°か、円弧か。口に出して「入口→停留→回遊→出口」と言えるまで線を整えます。ここで緩衝帯(主役外周1〜3mm)をハッチングで描き、主役の周りに“空気”を用意。
これだけで、8割勝っています。
- 骨格ミニルール
- 入口は左下寄り、出口は右上の外周へ
- 停留=コントラストが交差する位置(明暗×細太×粗密)
- 緩衝帯は後から削られやすいので、先に太めに描く
4. 形を“配役”で置く(20分目)
主役・準主役・小アクセントの60:30:10で面積(または視線滞在時間)を割り振ります。
フローラルなら花弁の三拍子を62/38/24で。
レタリングが主役なら、ベースライン・xハイト・傾きガイドの3本だけに絞る。
ここは数値で決める勇気が肝です。
- 配役の指標
- 小(10%)は出口手前:“余韻”を作る
- 花芯は花径の0.18〜0.22(上品の目安)
- レタリング字間=xハイトの0.25〜0.35
5. “余白の島”を先に確保(25分目)
埋めたくなる気持ちを、先に止めます。
渦の外周、葉先の延長、境界の角に1〜2mmの白い島を三つだけ置く。
これが休符になって、のっぺりが消えます。
図案に飽きが来にくくなるうえ、写真のサムネで主役が読みやすくなります。
- 置き場所の例
- 渦の外側に一窓だけ
- バスケット→唐草の境界外側に極小窓
- レタリングの交差部は白抜けで黒溜まり回避
6. 紙→トレース→革の三段変換(30分目)
紙ラフが決まったら、トレースフィルムへ“機能線”だけ清書します。
ガイドは3本まで(骨格/余白/ベースライン等)。
角丸の半径やセリフの太さ、主線の細太を欄外に数字でメモ。
革の上では考えられません。メモが未来の自分への指示になります。
- 清書の定番メモ
- 主線0.8、副線0.5、角丸R=文字高の6%
- 反転/拡大率(例:90%/110%)
- 登録マーク(△)を三隅に
7. 下絵は“工程図”にする(40分目)
下絵の余白に、彫刻語を書き込みます。
主線=細くシャープ、背景=曖昧(ビーディング→薄BG)、段差=外深・内浅、影=短浅3点以内、バスケット境界=曖昧化3列……。
これを描かずに“勘”で行くと、仕上げで迷子になります。
言葉のメモは、迷いを“禁止”する道標です。
- 注記テンプレ
- 〈主役輪郭〉ダブルカット一点だけ
- 〈背景〉薄BGで面を落とす/線方向に拭く
- 〈影〉左上光源、短浅×3まで
8. 端革テストで“効き”を見る(50分目)
ケーシングを整え、端革に要点だけ刻印して効きを確認。
渦心の白窓、境界のグラデ、レタリングのカウンター(内浅)が効いているか。
効かないものは、仕上げで盛っても復活しません。
比率・余白・導線に戻って修正しましょう。
- テスト観点
- 主役が最初に見えるか(600pxサムネで確認)
- 尾は外周へ逃げるか/崖境界が出ていないか
- 文字は読み>装飾になっているか
9. 初心者がハマりがちな罠 → その場で直す
図案づくりでよく起きる“あるある”は、余白と配分でほぼ解決します。
焦ったら、足すより先にどかす。
- 典型例 → 処方
- 中央過密・周辺スカスカ → 骨格を斜め一本に引き直し、出口側に白島
- 主役が2つ → 片方を準主役に格下げ、緩衝帯+0.5〜1mm
- 外周接触 → 要素を2mm内へ、葉先を外方向へ
- 黒溜まり → 交差部に白抜け、影は短浅化
- 色が騒がしい → 3色以内、主役色は極小面積一点豪華
10. そのまま使える“3テンプレ”
A:右上昇フローラル(ロング)
骨格=左下→右上45°。主花径=短辺の0.62。
花弁は62/38/24、花芯小さめ。出口外周を+0.5mm。
B:名入れ+薄柄(ミニマル)
ベースライン水平、xハイト固定。文字外周1.5mm緩衝。
背景に麻の葉1列だけ、境界は曖昧化3列。
C:円形タグの渦+二葉
中心に白窓、葉は0.38/0.24サイズ、角度±5°。
外周1.5〜2mmを清潔に。
11. 7分ドリル(今日の机で)
1分:外形と外周帯を描き、“禁止”を可視化。
2分:骨格一本+緩衝帯。
2分:60/30/10で主役・準主役・小を置く(レタリングは3ガイド)。
1分:白い島を3箇所。
1分:スマホで撮影→600pxサムネで主役→出口が読めるか判定。
- ドリルの合言葉
- 先に余白/骨格は一筆/読み>装飾
12. まとめ
初心者の図案は、上手さより段取りで勝てます。
- 言葉→舞台→骨格→配役→余白→清書→注記→端革の順で、
- 数値(外周・緩衝・0.62・60/30/10)で迷いを止め、
- 仕上げで盛らず、比率と余白で整える。
明日からは“思いつきの線”をやめ、思いつきを段取りに変えるだけで、あなたの図案はすっと気持ちよく見えてきます。
注釈
[注1] “センス”より“順番”:図案は工程です。順番を固定するだけで、上手さがなくても“整った”が獲れます。[注2] 黄金比は目安:短辺×0.62や62/38/24は“勝ち筋”を作るための起点。製品のロゴ位置・可動部と実物合わせで微調整(第86回参照)。
[注3] 読みの優先:名入れ・ロゴはベースライン/xハイト/カウンターが最優先。影は短浅3点以内(第87回参照)。
[注4] 境界の崖を作らない:バスケットや和柄の端は曖昧化3列で唐草に溶かす(第63・69回参照)。
[注5] 写真で判定:斜光45°×半艶で撮り、600pxサムネで主役が先に見えるか。見えない時は線ではなく余白と配分に戻る(第81・83・89・90回参照)。
[注6] 耐久と位置:折れ線・コバ・金具近傍は摩耗しやすい。主線・渦心・文字脚は5〜8mm離す(第75回参照)。
